佐久総合病院ニュースアーカイブス |
(農民とともに147号・2005年05月31日発行)
ちいさなお客さん おんぶ
あともうちょっとで1歳という男の子がやってきた。母親の背中におぶさった顔はいやに大きい。いつもお外でままごとをしているのだろうか良く日に焼けている。まるまる太ったほっぺの間に、愛くるしい瞳がなぜかキョロキョロ揺れ動いている。するとすぐ目の前に、シワに囲まれた6つの目が次々に寄ってきて、段々数が増えていく。不安げになっていく愛くるしい瞳とは反対に、シワの中の目は、細くなってシワと平行線を作っていく。ありったけ覗きこんで『よし。よし』『ほら、うんまだよ』と、食べかけのせんべいや漬け物を差し出してくる。
温かい背中からゆっくり降ろされた子は、あわてて母親の胸元の柔らかい部分に顔を埋めると、『ちらっ、ちらっ』とシワシワの顔々を見回しべっちょづらになった。『ワァ〜ワァ〜』古い家の中に、若々しい張りのある声が響き渡っていく。しばらくすると、おじいちゃんはひょいっと立って、すばやく自分の背中へその子を背負うと、腰や肩を左右に振って、家の中を回り始めた。すると、その後をぴったりとおばあちゃんが付いていく。『よし。よし』おばあちゃんは顔をしわくちゃにして泣いている。『よし。よし』片手で交互に涙を拭いては、子どもの後をひたすらついていく。痛い痛いといっては立たないおじいちゃんの重い腰、胴体に比べ細い足で、フラフラ歩くおばあちゃんの痛い膝は、少なくとも今は、どこかへいってしまっている。
おふろ
おばあちゃんの気分は、突然晴れからどんよりした雨雲になる。晴れ間はなかなか長続きしない。だからその時々を気分良く、穏やかに過ごすことが、何よりである。
今日も、朝のこわばったおばあちゃんの体を温めようと、一番風呂が待っている。今日は保育園が休みの日。開けっぴろげた玄関の向こうで『おはよう、おばあちゃん』と、はにかんだようなかわいい声がする。おさげ頭の小さなエプロン姿に、おばあちゃんの眉間のシワが消える。おばあちゃんの耳にどんどん声が届いていく。さっきからそっぽを向いていたおばあちゃんの視線が『キャーキャー』と奥へ走っていく小さな姿を追っていく。こうしておばあちゃんは、スムーズに車から降りてこれる。
小さな背中と丸まった背中は、脱衣場のカーテンの中に消えていく。白い湯気の下に、近所でいただいた黄色いゆずがポカポカ浮いている。おばあちゃんの気分はまだ晴れている。小さな姿に声をかけている。ゆずの臭いに誘われてか、おばあちゃんの体がスムーズに沈んでいく。『お母さん、今日は私がおばあちゃんの背中を流してあげる〜』『ありがとね』
おばあちゃんのおふろにいる時間はいつも予想がつかない。小さなお母さんの出番がいつも待ち遠しい。ほてったおばあちゃんの体を、小さい手が『ポンポン』と拭いていく。おばあちゃんのまなざしがいつになく優しい。この日のおばあちゃんは、渡された1枚1枚の服を、丁寧に着こなしていく。
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