佐久総合病院ニュースアーカイブス  








 やちほの家には決まった日課がない。何をしていても良いし、何をしなくても良い。けれども、お年寄りには、何か用足しがある方が落ち着くらしい。今日も職員たちは出勤そうそう、数々の用足しの段取りをする。
 おかげさまで、やちほの家には、ご近所や家族から毎日のように野菜が届く。自分たちで手がけた野菜畑の収穫の他に、いただいた野菜が、毎日色を変え、品を変え食卓に上がる。
 冬の間は大根・イモ・カボチャ・豆類を食べ、春にはふきのとう・山ブキ・トウブキ・裏の竹やぶのタケノコ・にら・春菊にほうれん草に梅。
 初夏にはレタス・早大根・タマネギ。日差しが暑くなるにつれ、キュウリ・ナス・ささぎ・キャベツ・トマト・ゴーヤが届き、ジャガイモは買うことなく、新ジャガをいただいた。
 夏の全盛期には、スイカ・トウモロコシ・ユウガオ。9月には早々美味しいつがるリンゴが届いた。本当にありがたいことである。
 今年は、梅もキュウリも豊作だった。10キロほどの梅は甘漬けと塩漬けにし、50キロものキュウリは佃煮にした。いずれも地域の方に来てもらい、教えていただいた。シソの葉をもぐ、分量を量るなどの作業がある。キュウリの佃煮は、キュウリを半分に切り、次に4つ切りにし実を出す、分量を量るなどの作業がある。
 認知症があると、複数作業を同時にこなすのは難しくなる。途中で作業を忘れ、動きが止まってしまったり、「はいよ」と返事はするものの、目を離しているうちに梅は形もなく潰れていたり、キュウリはいつの間にか薄切りになっている。秤には空の器だけが乗ったままでいる。作業の間、あっちでもこっちでも、何度も同じ質問や指示が飛び交っている。でも、お年寄りたちの顔は生き生きしている。自分たちの生活だから多少の「いい加減」で十分なのである。
 100本以上のトウモロコシは、皮をむいて茹でて、もいで小分けして保存した。ブロッコリーもささぎも保存した。地産地消が貴重な時代に、作り手の顔の見える安全で安心な食材を毎日いただけることに感謝である。
 お年寄りたちは、毎日体によい物を美味しく食べるために、せっせと働いている。「春に漬けた梅だよ」「この間作ったキュウリの佃煮よ」「みんなでもいだモロコシスープよ」と。
 ついこの間作業したことも、さっき食べたものもすぐ忘れてしまうお年寄りたちには、おかずを小分けして盛りつけるよりも、主食と一緒に、おかずを一つ盛りにした方が食べやすい。「こんなうんまい物食べたことないと」「本当?そのうまい物見たことないかい?」「何だか知らねぇ」。
 玄関脇には今日も、青々とした大根葉と収穫も終盤を迎えた秋ナス・トマト、外には大袋の中にカボチャが届いている。寄りつきには、ポット2本と湯飲み、馴染みのある洗濯物が乾いている。玄関には4足の泥の付いた長靴が並んでいる。今では、お年寄りたちが、草むしりや畑に行く時に、誰ともなく自由に履いている。
 さぁてと、これからの肌寒い日に備えて、炬燵布団でも干したい気分だが、お年寄りたちはなんて言うかな。今日もやちほの家には、お年寄りの出番がいっぱい待っている。