じいちゃんがやちほの家へ来て1年になる。それ以前は老健へ入所していたが、滞納が数カ月にのぼり退所となった。家族収入も安定せず、じいちゃんの年金が生活費に回っていた。じいちゃんのサービスの継続を最優先に、家族から年金の管理を分離し、娘さんに依頼した。それからは支払いが滞ることはなくなった。
老健入所時の紙パンツ代は施設費で賄われるが、在宅では自己負担となる。やちほの家へ来てからも、じいちゃんは失禁がなくても紙パンツにこだわり続けた。限度枠の範囲でサービスが提供される中、月に3千円の紙パンツ代は痛い。「嫁に盗られた」じいちゃんの盗られ妄想に嫁さんの関わりが遠のく。農閑期になった娘さんに連日関わって貰い、色つきブリーフを勧めてもらった。じいちゃんは、紙パンツのことを忘れてブリーフをはき続けている。
ある日じいちゃんの口から入れ歯がなくなった。認知症のお年寄りの紛失物の特徴でもある。無くなった入れ歯へのこだわりは、1カ月ほど続いたが、その後入れ歯のことも忘れていった。通所当時から口を閉じる機能が低下し、よだれも大量で、発声や発語力も乏しい人だった。加えてむせによる咳き込みや痰も見られたため、とろみを導入したら症状が改善した。じいちゃんの内服薬も増えた。日々飲んでくれたり、飲まなかったりである。認知症が重度化してくると、多くの内服薬が、時には介護の手間や経済的な負担に繋がることが少なくない。
じいちゃんの体には4種類の病気がつけられている。でも今、じいちゃんを悩ませているのは、認知症という「わかる」というスイッチが壊されていく、心の底からじっくり休めない病気である。私たちや家族が、できるだけ穏やかな生活を続けさせたいと願って関わっても、認知症は進んでいく。
じいちゃんの認知症も、2〜3カ月に1回、混乱の周期が訪れるたびに進行していく気がする。不穏のきっかけは、仲間との折り合いや季節の変わり目や便の不調や環境の変化など、必ずきっかけがある。特に混乱周期にショートスティが重なると行動障害が顕著になる。大概退所後2週間位で落ち着いてくるが、今回は目つきが座って厳しさがゆるんで来ない。落ち着きがなくなって、不安が現れている。芯からゆっくり休めていない。大好きな風呂も浴槽内に長く入っていられない。脱衣場では服も着れずに棒立ちになっている。大好きな踊りも途中で止めてしまう。トイレがわからず、裸になろうとする。数日の間にすっかり今までの動作を忘れ、混乱しているように見える。夜も素裸で布団を汚物で汚染し続けている。 こんなじいちゃんの変化に介護者はここの所疲れている。出稼ぎから帰った長男もじいちゃんに添い寝をしてくれたがうまくいかない。介護者の悲鳴に、防水シーツや介護服を勧め、認知症専門医の相談を受け薬も調整された。体が反応してくるまで1週間、落ち着くまでは2週間。「何とかもう少しみようか。きっと段々落ち着いてくるよ」と、じいちゃんに加担した言葉がつい出てしまう。
考えてみれば、この1年間じいちゃんの変化に嫁さんは良く乗り越えてきた。しかし、経済的な問題、娘たちの予想外の出産と育児、夫の不在など、介護者が乗り越えていかなければならない別の生活障害が、介護に加えて、環境変化をもたらしている。生活変化が出た時に、支援の形は変化していく。
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