〜「農民とともに」No.102〜
八千穂村健康管理 |
潜在疾病が7割もあった 衛生指導員たちの懸命のとりくみによって、村ぐるみの健康管理も漸く軌道に乗ってきた。検診によって次々と病気が発見され、早期に治療がなされるようになった。ところが驚いたことに、発見された病気の7割が、今まで医師の治療を受けていないということが分かったのである。 その理由を調べてみると、いろいろ社会的な理由があることが分かった。医療費の一部負担が払えないこと、医療機関が遠いこと(当時は交通の便が悪かった)、農繁期は忙しくて暇がないこと、お嫁さんが姑に気兼ねして医者に行けないこと、そして健康に対する一般的な無関心さがあった。 若月先生はこれを社会的な意味で「潜在疾病」と名づけた。そして、「がまん型」と「気づかず型」の2つに分類した。「がまん型」とは、症状があるのにがまんして医師にかからないもの、「気づかず型」とは、検査や診察も受けないので、自分が病気であることが分からないものをいう。これらが手おくれにつながっていることは明白だった。 村会議員から怒られる 検診が始まってからは早期に医師にかかる人が増え、手おくれが少しずつ減ってきた。とくに脳卒中、なかでも脳出血による死亡が著しく減少した。検診の効果が出てきたのである。
ところが、健康管理が始まって村の国保医療費がぐんとはねあがってしまい、これが村の議会で大きな問題となった。検診をして病気をみつけ、治療が必要と言われた人が医師にかかるようになった結果だから、これはある程度やむを得ないことである。しかし国保が赤字で厳しい時代だったから、国保の医療費が増えるとなると、議会はだまっておれなかった。 衛生指導員の渡辺一明さんは議員たちから随分と怒られたという。「おめえたちがあんなことをやるから、見ろ、ほれ!」といって数字を目の前につきつけられた。別に衛生指導員のせいではないのだが、指導員がいちばん活躍していたから目についたのであろう。 医療費が下がってきた しかし、これは一時的なことであった。健康管理をはじめて7年目くらいから、村の国保医療費は、他町村にくらべて次第に低くなってきた。早期発見、早期治療で手おくれが減ってきたためと考えられた。まさに「予防は治療にまさる」であった。 一方では、検診の意味も少しずつ理解されてきた。婦人会や老人クラブの集まりのときに、こんな話が出るようになったと、保健婦の井出今さんが聞かせてくれた。「他の村では、5人の子どもがいる父親が、ある日脳卒中を起こして死んでしまったが、今まで一度も血圧を計ったことはなかった。それに比べて八千穂村では、毎年検診があるし、予防的なことも話してくれるので大変有難い」とか、「うちの嫁は、私が血圧が高いので、塩辛いものはつくらないようにいつも注意してくれているし、無理な仕事はしないほうがいいよと言って、細かいことにも気を配ってくれる。健康診断というものはなかなかいいものだ」と。 村民の意識調査を実施 村ぐるみの健康管理がそろそろ10年目を迎えようというある日、これを機会に村民の意識がどのくらい上がったか、調べてみたらどうかとトラさんが言い出した。
だが、誰がインタビューをするかが問題だった。佐久病院のメンバーでは、それを意識して本当のことは答えてはくれまい。衛生指導員も顔をよく知られているからダメだ。結局、佐久病院の看護学生さんにお願いするということになった。 健康意識未だ上がらず 質問項目は皆で相談して、健康知識と健康意識の両方に分けて10項目がつくられた。そして八千穂村と比較対照するために、まだ健康管理を始めていない村として、八千穂村と規模がほぼ同じ程度のK村が選ばれた。看護学生たちは、毎晩2人1組になって両方の村をインタビューに歩いた。K村はふだん知らない土地だったから、家を探すのにはとても苦労した。 結果はどうだったか。 ひと口に言えば、八千穂村のほうがたしかに健康知識の点ではK村より上だったが、健康意識の点では、両村の間に殆ど差はなかった。言いかえれば、病気を予防するための日常生活上の注意についてはよく知っているが、自分たちの健康を守るためにみなでどう活動すればよいかということについては、まだ十分な意欲が上がっていないという結果だった。 「十年やったけど健康管理もまだまだだねえ。もう少し頑張らなくちゃ」と衛生指導員たちは、ふっとためいきをついた。(かんとりい・とりお) この連載は、健管OBの松島松翠、横山孝子、飯嶋郁夫さん三人の共同執筆によるものです。“かんとりい・とりお”(country trio)とは「田舎の三人組」との意味。 |
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