DPCとはDiagnosis Procedure Combinationの略で、主病名・処置・合併症などの因子を組み合わせた日本独自の新しい診断群分類です。この分類を用い、急性期入院医療に包括評価を導入するのが、DPCという制度です。したがって、DPCは「診断群分類別包括評価」という制度名になります。 日本の急性期入院医療は現在まで、基本的には使ったもの・行ったことなどの診療行為毎に積み重ねる形で診療報酬が支払われる、出来高払いという支払い制度で行われてきました。しかし、医療財政の逼迫や医療事故の問題などの医療の質の問題から一連の診療行為をひとまとめにして支払う包括評価への移行が検討され、既に療養型病床には包括評価が導入されてきましたが、ついに入院医療の最も大きな部分である急性期部分に対して包括評価としてのDPCが導入されることになりました。 ![]() DPCについては、平成15年4月から大学病院などの特定機能病院にはすでに導入され、平成16年度から、その範囲が拡大され試行的適用が行われ、全国で62病院が参加しました。その際に当院も参加するかで議論したことは記憶に新しいところです。結局、当院は調査協力病院としてデータ提供という形で参加してきました。その一方、各職種が参加したDPC対策委員会を発足させ、内部での学習・他施設の見学・情報収集など行いDPC導入に向けた準備をしてきました。 そういった中で本年の診療報酬改訂で、DPC対象病院の範囲が拡大されることとなり、国の医療情勢の変化も踏まえて、本年4月から当院も参加することとなりました。長野県からは以前からの信州大学付属病院に加え、長野赤十字・長野市民・国立病院機構長野・相澤・諏訪赤十字・当院の6病院が平成18年度から新たに参加します。また、全国厚生連でも当院を含め4病院がDPCに参加することになっています。いずれも地域で急性期病院を志向する基幹病院であり、これからの時代は急性期を担当する病院はDPC病院でなければならない時代になっていくようです。 〈診断群分類としてのDPC〉 DPCはそれ自体、あくまで分類方法の名称であり、診断群分類及びそれを使った分析は、先進国ではどこの国もすでに導入されている手法です。DPCは日本版診断群分類ということです。診断群分類とは各疾患別に手術・合併症・処置などの有無で患者さんを分類していく手法です。似たもの同士をグループに分けていくと考えていただければいいでしょう。医療資源を最も投入した病名を起点に、MDCやICDー10といった疾病分類・Kコードという手術名の分類などを用いて、入院患者さんがどのDPCに該当するか決めるのは医師の行う大切な作業になります。分類した患者さん毎にデータが集積されていきます。そのデータから今のところ各病院の平均在院日数などが公表されています。大学病院の平均在院日数がここ3年間で2日以上短縮しているのはクリニカルパスの使用の影響などもありますが、このように情報が公開され透明化してきたことが大きいと考えられています。現在までこのようなデータは公開されたことはなかったので、情報の透明化としてDPCの制度の最大の利点といっていいと思います。今までの医療ではこのように全国の病院で行われた医療を評価する方法がありませんでした。DPCは、医療の質を可視化するとか、医療の質を測る共通言語という言い方がされますが、いわゆる医療の「モノサシ」ができたと考えていいでしょう。DPCは全国共通であり、これを使うことで全国のDPC病院の医療の質を評価することが可能になります。また、診断群毎に異なる平均在院日数が公表されていますが、自分たちの扱っている疾患がそれに比べて極端に長い在院日数の場合、その疾患に対する治療方針や診療システムに問題があることが考えられますので、是正を検討する必要があります。このようにこのツールを使って、データを分析し、自分の病院の医療の質を評価し、他病院と比べ、よりよい医療の提供体制の構築に努めていきたいと思います。 〈包括評価としてのDPC〉 この制度は診療行為毎に料金を計算する従来の出来高払い方式とは異なり、DPC毎に異なる1日あたりの定額の点数包括払いという仕組みになります。包括されるのは検査・画像診断・投薬・注射・処置などの費用であり、入院中にどのような注射を行っても画像診断を行ってもすべて同額となります。米国のDRGーPPSとの違いは、DRGーPPSが一入院単位に対しての包括評価なのに対し、DPCは1日あたりの包括評価であることと完全な包括ではなく、出来高の部分があることです。 ![]() 実際にはDPCでの診療報酬額は、(1)診断群分類毎の1日当たりの点数、(2)医療機関別係数、(3)入院日数の3要件による包括評価と手術・麻酔などの出来高評価との組み合わせで行うことになり、2階建て構造です。 診療報酬=包括評価(診断群分類あたりの点数×医療機関別係数×入院日数)+出来高評価ということです。 ![]() 医療機関別係数という係数もあります。これは医療機関毎にその在院日数、教育機関としての実績、前年度の実績などに応じて決められる数字です。当院は先日の厚生労働省からの通知で、0.9475と決定いたしました。ただ、この係数は数年後に見直しをされることがほぼ確実です。 例として、胃癌で手術を受けて30日入院した患者さんを想定します。診断群分類で胃の悪性腫瘍・開腹胃全摘術・副病名なしでは、14日間での入院料は1日当たり2939点、15日から28日までは、1日当たり2172点、29日以降1846点です。医療機関別係数を1.0507とすると包括評価では(2,939×14+2,172×14+1,846×2)×10,507=79060点です。手術料などの出来高評価が76167点ですからその両方を足した155299点がこの患者さんの医療費ということになります。 〈DPCの目指すもの〉 こういった急性期の入院医療にDPCという包括評価を持ち込む国の意図は、医療の質の向上と国民医療費増加の抑制にあります。国の財政が逼迫する一方、少子高齢化が進んでいる現在、国民医療費の増加の抑制・有効な利用は避けられない課題です。医療では総じてコストを削減すると質が低下する傾向にあると考えられてきましたが、その一見矛盾した命題を解決しようとするのがこの制度の導入の狙いです。 DPCでは、医療内容が透明化して、その内容・成績がわかるようになってきますので医師個人の考え方のみで医療を行うことはできなくなり、エビデンスに基づいた医療が行われるようになり、標準化と効率化が進みます。その一方、コスト重視に走り過少医療、粗診・粗療に陥ることが懸念されます。今のところ、欧米では医療サービスへの資源投入量は減少しましたが、あきらかな質の低下は生じていないとされています。また、平成17年に発表されたDPCに関する日本での同様な調査でも、死亡率の増加・再入院率の増加など明らかな医療の質の低下は認められなかったとされています。これはサービス内容が透明化し誰にでも内容がわかるのでいわゆる手抜きができないことによると思われます。しかしながら過少診療が生じる可能性を意識して、それを防止する仕組みを別途準備する必要があります。質に対する評価指標の確立や院内での医療監視などの体制を整備することになります。 各疾患の治療成績・在院日数などが公開され、各医療機関の実態が明らかになることは患者さんにとって大きな福音であり、近年の情報公開の流れに沿うものです。 DPCの導入が国民医療費増加の抑制につながるかはまだ不明です。しかし、米国でDRGーPPSという包括評価制度が導入されたときには、医療費の増加が抑制された実績があります。今後、DPC対象病院が拡大される中で、医療費増加に対するDPCの効果が分かってくると思われます。 〈DPCに対する処方箋〉 DPCになったからといっても患者さん中心の医療を変える必要は全くありません。しかし、従来に比べ、より一層医療の質の向上と効率化を求められるのは確かです。次に述べるような改善を行っていかなければなりません。 第1に標準医療計画としてのクリニカルパスの促進・充実があります。クリニカルパスは、効率化を追求しながら、医療の質を保証し標準化するツールとしてきわめて重要であり、単なる指示の羅列ではない質の高いパスを作っていかなければなりません。その中でエビデンスを取り入れ、経済的な部分にも目を向けたDPC対応型のパスが必要です。パスは医師・看護師だけでなく、薬剤師・臨床検査技師・栄養士・事務職などさまざまな職種の協力が必要です。当院は現在入院患者さんの約35%にパスが適用されています。これは他の病院と比べて遜色ない数字ですが、まだ、十分にパスに取り組まれていない部門もあります。病院全体としてより一層パスに取り組んでいきたいと思います。 第2に診療情報管理体制の強化があります。DPCは診療情報を基にした分類ですので、その根本となる診療録の記載・サマリーの提出は今まで以上にその重要性が増します。コーディングも意識した内容の充実した診療録を作成し、サマリーを速やかに作成する必要があります。医師がDPCを決めないと患者さんは退院できませんし、会計もできません。診療側と診療情報管理部門・医事課との連携を強化する必要があります。今回、医事課入院部門と診療情報管理課をひとつの部屋といたしました。これはハード面で連携強化を図ったものです。また、DPCで集積されたデータは当院と他病院との比較において貴重な情報を提供してくれます。いまのところ厚生労働省は、平均在院日数しか公表していませんが、早晩他の情報も公表されることになります。臨床指標という形でこれからの病院はさまざまな医療の提供内容が比べられる時代になっていきます。そのときに対応できる体制整備が必要であり、ベンチマーキングと言われるように定期的に当院の医療提供内容を他施設と比べられるような体制整備を行いたいと思っています。そして、データ分析した結果を現場にフィードバックして、医療内容の更なる充実に寄与できるようにしたいと思います。 ![]() 第4に医薬品の見直しがあります。今まではどの医薬品を使ってもそれなりに診療報酬を請求できましたが、包括評価になると効果が同じで安全性が確保されるなら、安価な医薬品を使うことを検討する必要があります。したがって、後発医薬品(ジェネリック)の採用にもより一層積極的に取り組む必要があります。当院は今まで後発医薬品に関してあまり積極的に導入してきませんでしたが、国も後発医薬品の普及を促進していますので、安全性を第一に慎重に導入を図りたいと考えます。 また、医療材料も同様であり、必要な部分の見直しは今後取り組むべき大きな課題です。 第5に栄養管理の見直しがあります。従来我々は、安易に中心静脈栄養や点滴に頼り、経腸栄養への取り組みが希薄だった部分があります。経腸栄養は、患者さんの回復力を高め、合併症を減らし、入院期間を短縮し、コストを削減できるというさまざまな利点があります。幸い当院ではNSTも活動していますので、栄養管理に関して職員全体で取り組んでいく必要があります。 第6に術前検査の外来への移行があります。入院では高額な検査が包括されてしまいますので、従来のように入院してゆっくり検査して、それから手術ということはやりにくくなってきます。リスクの少ない予定手術では、外来で術前検査を行い、できるだけ前日、前々日の入院としていかなければなりません。もちろん患者さんの安全が第一ですので、外来段階で手術前の患者さんのリスクを評価し、手術の準備を整える体制の整備が必要です。外来部門へのさまざまな面での負担が予想されますので、さまざまな部署での業務の見直しも必要です。 その他にも医療安全管理や院内感染対策への取り組みの強化、地域医療連携の充実なども重要なテーマです。DPCは、質の高い医療が評価される仕組みであり、いろいろな部門で質の高い医療への取り組みが要求されます。当院へDPCを導入する目的はあくまで当院の医療の質の向上を目指すものであり、今まであげたテーマはどれも多職種にわたる課題が多く、職種間の壁を越えたチーム医療の構築が必要です。 〈DPCの将来〉 今回導入されたDPCは、決して完璧な制度ではありませんが、今後とも急性期医療にその範囲が拡大していくことは間違いありません。厚生労働省も今回のDPCの拡大に関しては、試行適用ではなく、本格導入であることを明言しています。 病院機能評価でも、医療の質を問われる分野が多くなっていますが、DPCに積極的に取り組んでいればおのずと質の向上が図れ、病院機能評価に対応できると考えています。 現在の日本の病院でDPCに対応できる病院はそれほど多くありません。今回の診療報酬改訂で決まったDPC対象病院の基準は、(1)看護配置基準2対1以上 (2)診療情報管理体制加算の算定 (3)標準レセ電算マスターに対応したデータ提出を含め「7月から10月までの退院患者に係る調査」に参加可能の3点です。当院は以前よりDPCの調査に参加してデータの蓄積もあり、対応できる病院です。今までの医療制度に慣れたわれわれの意識を変えDPCに対応していくのは大変な努力を必要としますが、是非職員全体の協力で乗り越え、さらに良い病院を目指していきたいと考えます。 国は国民医療費増加の抑制のために、数年後には療養型病床を減らすことを決めました。また、急性期病院に対しては、DPCを導入し、病院の選別を行おうとしています。今こそ、われわれは、地域に根ざし、患者さん中心の佐久病院の医療の精神を忘れずに、よりよい医療の提供体制の構築をしていく必要があります。そのために職員1人ひとりが各々の部署において、より一層の努力をしていきましょう。この努力が再構築への基礎固めになると信じています。
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