第29回日本国際保健医療学会 ミニシンポジウム「地域における保健医療人材」

ミニシンポジウム「地域における保健医療人材」

 ポストMDGs(ミレニアム開発目標)としてUniversal Health Coverage(誰もが適正な価格で必要とする医療サービスを受けられること)が注目される中、UHCにおいても取り組まれるべき課題として保健医療人材に関する議論が近年特に進んでいます。今回は国際保健医療学会のミニシンポジウムのテーマとして、その中で先進国も含むどの国もが課題として取り組んでいる「地域における保健医療人材」について、国際機関、日本の援助機関、日本の地域の病院、そして日本の民間組織でそれぞれ本課題に取り組む講師を招きミニシンポジウムを開催しました。

グローバルヘルスの潮流と保健医療人材課題

世界保健医療人材連合渉外情報官 野崎慎仁郎

Global Health Workforce Alliance(GHWA)の野崎先生からは、現在のUniversal Health Coverageの潮流の中で最も大切とされるアジェンダとして、保健財政とともに、保健医療人材が挙げられる。GHWAはこうした背景の中、特に世界の中で保健医療人材Crisis Countriesと言われる57カ国などが主な対象になるが、それらの国で課題になっているのは、1.保健医療人材の不足、2.不十分なトレーニング機会と実施能力、3.保健医療人材の移動が挙げられる。GHWAは、保健医療人材をグローバルアジェンダとすることができたが、中長期的な課題を戦略を持って取り組める保健医療政策人材の育成がさらなる今後の課題として挙げられている。

野崎先生のスライドの一部

グローバルな社会変革を促すローカルな地域保健活動の提言 ‐事件は会議室でなく、現場起きている‐

独立行政法人 国際協力機構 保健課題アドバイザー 杉下智彦

ポスト2015年開発アジェンダにおいては、「公正性」「ファイナンス」「保健システム」の視点とともに、システムの学習的機能に注目した「レジリエンス」の視点が重要となってきている。つまり、持続可能な「地球システム」が破綻しないためには(planetary boundary)、「すべての人々が健康になってしまうリスク」つまり、中間所得層の増大による「超大量生産・大量消費社会」による破壊的なリスクをどのよう制御し、社会の変革を実現していくのか(transformative learning)という視点がますます重要となってきている。21世紀の医療従事者に求めらているのは、従来の医療従事者による「疾病‐治療」という単純な関係性を越えて、システム思考を基盤として、社会的な決定因子に配慮し、他職種連携を通してコミュニティと協働し、「病気にならない社会の改革」を創造していく「チェンジ・エージェント」としての能力が求められている。ケニアにおいて60名を超えるインターン生を受け入れ、地域保健での仕事に参加することで、創造的な思考を持ち得る若きリーダーを育成してきた経験から、日本と途上国の地域保健活動における協働と相互学習を通して、社会変革のための芯のリーダーを育成することが可能になると信じている。

 

若月イズムと佐久総合病院

佐久総合病院 診療部長 北澤彰浩

佐久総合病院では、歴史的に地域で保健医療人材を育ててきた。故若月名誉院長は、農村医科大学構想を掲げ、医学は予防医学やリハビリテーションまで含んだ幅広い医学を身につけ、福祉、経済学などの教養を養い、働く農民にシンパシーを抱ける医療者の育成を目標としたが、実現しなかった。その意志を引き継ぐような形でフィリピン大学レイテ分校が設立された。レイテ分校では、地域からの推薦を受け、入学し、コミュティーヘルスワーカーからはじまるステップラダー方式を採用している。地元に帰り、コミュニティに認められることで次のステップに進めるこのシステムを卒業したものはおよそ90%が国内に留まり、地域の真のニーズに応えられる人材へと育っている。

また、医療従事者のみならず八千穂村では、コミュニティの中から衛生指導員を育成し、地域の健康づくりのリーダーとして活躍できるように病院として支援した。現在は佐久保健福祉大学として、リーダー育成をしつつ、班活動を通じて地域づくりに貢献できる仕組みを維持している。

日本と開発途上国の双方での研修による新たな保健医療人材の可能性

特定非営利活動法人GLOW 代表理事 加藤琢真  

世界でも日本においても医療格差は存在し、現在問題になっている医療格差には、所得格差に基づいて受けられる医療サービスの格差と、医療者や病院の偏在による地域における医療格差の二つが挙げられる。日本はこれまで、僻地医療計画や自治医科大学、地域中核病院などの設置により地域間の格差を是正してきたが、未だに一部診療科では人口対比で最大2倍以上の差が存在する。こうした保健医療人材の問題も偏在だけでなく、サービスの質、労働環境の問題など、総合的な保健医療人材の施策が必要とされているが、容易ではない。また日本の地域と開発途上国で求められている人材像、コンピテンシーは類似性があり、一方を習得することで他方への適応が早くなり相乗効果も期待できる。GLOWではそのような背景の中、地域で国際保健に関われるプログラムを開発した。研修修了者からは、合宿形式の研修が海外での経験に結びついた、日本の地域医療で養った地域を見る力が海外でも活かせたなどの声が挙がり概ね好評である。今後は、

公的な援助機関や学術機関との連携を高め、地域での人材育成システムを民間中心に築いていきたい。

座長: 独立行政法人 国際協力機構 人間開発部 次長 米山芳春

最後に座長の米山から、今回のミニシンポのキーワードとしてフロアーからご発言があった「循環」を挙げ、将来を担う保健人材育成のために、都市と地方、臨床と地域診療、国内と海外、政策(国連等)と現場(NGO等)の間の人材の「循環」を促進していくことを提案したい、そのためにODAやJICAとしても触媒の役割を果たしていきたいとして、参加した若手の人たちにエールを送って締めくくった。