第1回佐久国際保健セミナーのご報告

第1回 佐久国際保健セミナー2013が開催されました

Saku Global Health Seminar 2013 report

盛夏の農村保健研修センターにて、全国から国際保健に関心と情熱を持つ40名以上の学生・医療従事者が集まり、8月3~4日の日程で第1回国際保健セミナーが行われました。

 

 

 

佐久総合病院に、今年度から立ち上がった国際保健委員会が主催した今回のセミナーは、講師として大阪大学の中村安秀教授(日本国際保健医療学会 理事長)、WHOよりスマナ・バルア医務官、石巻市立病院開成仮診療所の長純一医師の3名をお迎えしました。

 

 

 

「農民とともに」佐久地域が歴史的に培ってきた地域医療の経験が、発展途上国の公衆衛生や、被災地の地域保健の再生・向上にどのように貢献できるかを討議しました。

1日目 

ショートスピーチ

参加者の有志の方に、国際保健領域での経験と、問題意識をショートスピーチしていただきました。国外ではインドネシアやスーダン、国内では石巻から釡ヶ崎まで・・・

様々なフィールドで活躍されている演者の報告に、フロアの皆さんは大いに刺激を受けました。

パネルディスカッション

中村安秀教授、スマナ・バルアWHO医務官、長純一医師の講師3名と、佐久総合病院 伊澤敏院長によるパネルディスカッションが行われました。

長医師は「佐久病院が国際保健への貢献を理念に掲げながら、具体的にコミットしてきたとは言えない」としながらも、志を持った医師に門戸を開き、育てた後に世界中へ輩出してきたことが、何よりもの国際保健への貢献だったのではないか、と先陣を切りました。
バルアWHO医務官は、故若月名誉総長との出会いのエピソードを紹介し、自身が育てられたが故に、志を持つ後進を励まし、育てていくことが自身の役目であると、その温かい視線で話されました。

中村教授はアルマ・アタ宣言よりもはるか30年以上も前から農村地域における住民主体の健康保健活動が行われてきた歴史の意義を強調され、伊澤院長は、今後も佐久病院が国際保健に貢献できるよう、病院を挙げて人材の育成をサポートしていく決意を述べました。

グループワーク

本セミナーのメインプログラムとして、各グループごとに課題に取り組むワークショップを行いました。

まず最初に、故若月名誉総長が赴任した頃の南佐久地域をモデルに、グループワークの手法を学び、その手法を応用して被災地石巻の現状と、バングラデシュ・チッタゴンの孤児院のケースについて、問題分析と新規プロジェクト立案に取り組みました。

ナイトセミナー

 

 

ナイトセミナーという名の交流会では、佐久総合病院伝統のお酒を酌み交わしながら、深夜まで白熱した議論が続きました。

まさに!宿泊型セミナーならではの醍醐味です。

2日目

グループワーク発表

翌朝行われたグループ毎の成果発表会は、オリジナリティ溢れるプロジェクトの提案で溢れました。

講師の長医師とバルアWHO医務官から、実際の現地の状況を汲んだ具体的な講評がなされ、他の参加者からも発表されたプロジェクトをより現実的なものにすべく建設的な意見が出されました。

 

 

中村教授からは国際的な場でプレゼンテーションを行うことへのアドバイスがされるなど、参加者にとって大きな収穫だったように感じられました。

学問を討論の中から

「学問を討論の中から」とは農村保健研修センターの和室に掲げられた、故若月名誉総長のことばです。交流会で使われた箸袋にも刻まれていました。
 セミナープログラムとともに、多彩な参加者の自由な交流の中から、学び合う機会を提供することが、今回のセミナーの目標のひとつでした。それが佐久病院の伝統であり魅力でもあるように思います。

夜明け近くまで座を囲みお酒と共に語り合った繋がりが、参加者にとっての一番の収穫であったとすれば… それは主催者冥利に尽きます。

おわりに

 まだ始まったばかりの国際保健委員会の活動ですが、過去に若月俊一の周りに集まり、日本全国、世界に飛び散ってなお、各々のフィールドで礎を築いた先人たちに学び、佐久の地は時代を経ても、先に進もうとする人たちが集まる場でありたい、と思いを強くしました。

学問を討論の中から。


来年も開催されるであろう、第2回国際保健セミナーでは、各々のフィールドで充電して来たことを持ち寄り、佐久の地で再会できることを、実行委員共々心から楽しみにしております。