乳がん

1、乳がんとは

 乳がんは母乳を作る乳腺から発生するがんです。欧米に多いがんでしたが、近年日本でも急増し、現在では女性で一番多いがんになっています。子どもを生まない女性、授乳をしない女性に多いというようなことはありますが、女性であればだれでも罹る可能性があります。

乳がんはリンパの流れに乗って腋の下のリンパ節(腋窩リンパ節)に転移したり、血液の流れに乗って骨、肺、肝臓など全身に転移します。転移してしまうと再発に到り、がんによる死亡につながります。

乳がんを早い時期に発見し、乳がんで亡くなる人を減らすために行われるのが乳がん検診です。従来日本では視触診による検診が行われてきましたが、その方 法では乳がんによる死亡を減らせませんでした。欧米では古くからマンモグラフィ検診が行われ、その結果乳がんの死亡者が減ることがわかりました。それで日 本でも最近マンモグラフィ検診が行われ始め、厚労省でも乳房検診にマンモグラフィを加えるよう指針を出しました。マンモグラフィとは乳房のレントゲン検査 のことです。乳房を透明な板で押して平らに伸ばし、2つの方向から撮影します。強く押すので少し痛いですが、正確な写真を撮るためには欠かせないのです。

2、乳がんの治療指針

(1)乳がんの診断

 乳がんは見逃されることが多いので、確実に診断することがまず大事です。まず視触診、超音波検査(エコー)、マンモグラフィを行います。疑いがある時は 針を刺して細胞また組織を採取する検査(針生検)をします。針生検には、細い注射用の針で細胞を取る方法(穿刺吸引細胞診)、太い針で組織を取る方法(コ アニードルバイオプシ)があります。また、触ってもわからず、超音波検査やマンモグラフィでだけでみつかる異常に対しては、超音波やマンモグラフィを組み 合わせた針生検(超音波ガイド下穿刺吸引細胞診、マンモトーム)を行います。この中で、診断の確実性と負担の少なさから注目されているのがマンモトームで す。以前は確実な診断をつけるために、手術して異常な部位を切り取ってくること(外科的生検)が多く行われましたが、マンモトームでは針を刺すだけで十分 な組織が取れるため、ほぼ同程度の診断ができます。

(2)乳がんの治療

 乳がんの治療は、がんのある乳房と近くのリンパ節(腋窩や首のリンパ節)に対する治療と、全身の小さな転移からの再発を予防する(減らす)治療から成り ます。乳房とリンパ節に対する治療が手術と放射線療法で、全身の再発を予防する治療が化学療法(抗がん剤)とホルモン療法(ホルモンを介する治療)です。

(2)-1 手術と放射線療法

 がんのある乳房に対する治療は、乳房切除術(乳房のふくらみを乳頭部分の皮膚といっしょにすべて取ってしまう方法)と乳房温存術(がんのある部分だけを 取り乳房を残す方法)に分れます。がんが乳房の中を広く拡がっていなければ乳房温存術は可能で、がんで亡くならない可能性(生存率)はどちらでも同じで す。但し乳房温存術は、残した乳房から再発することを予防するため、放射線をかけることが必要です。放射線による障害はまれですが、5~6週間の治療期間 が必要です。
乳がんは早い時期に近くのリンパ節(腋窩リンパ節)に転移することが多いので、これに対しての治療も必要になります。腋窩リンパ節の転移は、手術前にな いと思っていても、実際にリンパ節をすべて取り除いて調べると、かなりの率で転移がみられます。転移のあるリンパ節を残すとそこから再発しますので、以前 は乳がんであればリンパ節はすべて取り除きました。これを腋窩郭清といいます。腋窩郭清をすると、手術後腕がむくむ、痛む、肩の動きが悪くなるなどの後遺 症を起すことがあります。
最近、腋窩リンパ節の転移をかなり正確に予測する方法が開発されました。がん細胞が一番初めに転移するリンパ節(これをセンチネルリンパ節といいます) をみつけて、このリンパ節に転移があるかを調べるもので、センチネルリンパ節生検といいます。センチネルリンパ節に転移がなければ、それ以外のリンパ節に 転移がないと考えられますので、郭清をしないで済み、後遺症を避けることができます。センチネルリンパ節を見つけるには色素を使う方法(色素法)と放射線 を出すアイソトープを使う方法(アイソトープ法)があります。色素やアイソトープを乳がんのあるところに注射すると、色素やアイソトープもがん細胞と同じ ようにセンチネルリンパ節に一番先に流れ込みます。色素やアイソトープが入るとそのリンパ節は色に染まり、放射線を出すようになりますので、それを目印に リンパ節を見つけるという方法です。このセンチネルリンパ節生検が郭清と同等の治療であるかどうか(つまり生存率が同じかどうか)は、まだ臨床試験で検証 されているところで、結論は出ていません。しかし、腋窩リンパ節転移の予測が十分に正確であることから、世界中で受け入れられ、通常の治療として行われる ようになっています。

(2)-2 化学療法とホルモン療法

 乳がんではかなり早い時期、手術をする以前に、がん細胞が血液の流れに乗って全身に転移してしまっていることがあります。全身の転移は手術や放射線では治せませんから、そのままでは再発してしまいます。これに対する治療が化学療法とホルモン療法です。
化学療法は髪が抜けたり、吐き気・嘔吐があり辛い治療ですが、確実に再発は減ります。危険性もありますが、再発を減らす率と較べれば、はるかに少ないも のです。ホルモン療法は効果が期待できる場合とできない場合に分れ、これは取れたがんを調べればわかります。効果が期待できる人に用いると、やはり再発を 大幅に減らすことができます。乳がんは一旦再発してしまうと治癒するのはむずかしいので、これらの治療を行い、再発の危険を減らすことには大きな意味、価 値があります。最も効果のある治療を受けることを望ましい訳です。
化学療法では、アンスラサイクリン(アドリアマイシン、ファルモルビシン)を含む複数の抗がん剤を使うのが標準的な方法です。アンスラサイクリンは十分 な量を使うことが重要です。リンパ節転移があり再発の危険の高い場合は、更にタキサン(タキソール、タキソテール)を加えます。最近ハーセプチンという抗 がん剤が非常に再発を減らすことが確認され、徐々に使用され始めています。
ホルモン療法は閉経前と閉経後で方法が異なります。閉経前はLH-RHアゴニスト(ゾラデックス)と抗エストロゲン剤(ノルバデックス)、閉経後はアロマターゼ阻害剤(アリミデックス)が最も効果があるとされています。

(2)-3 再発時の治療

 乳がんは再発すると、完全に治すことは非常に困難です。できるだけ長く病気と共存することと、痛みなどの不快な症状を軽減することが治療の目的になります。
ホルモン療法と化学療法が中心となり、再発部位により放射線療法、手術を行うこともあります。ホルモン療法と化学療法は、副作用の少ないホルモン療法を 先に行い、効果がなくなったところで化学療法に切り換えます。用いる薬剤は、ホルモン療法では、閉経前がLH-RHアゴニスト+抗エストロゲン剤、 LH-RHアゴニスト+アロマターゼ阻害剤(アリミデックス)、MPA(ヒスロンH)で、閉経後がアロマターゼ阻害剤、抗エストロゲン剤、MPA(ヒスロ ンH)です。化学療法では、アンスラサイクリン、タキサン、ハーセプチンにカペシタビン(ゼローダ)、ビノレルビン(ナベルビン)が加わります。

3、乳がん過去5年間の診療実績

(2000~2004年手術例:378例)

乳がん過去5年間の診療実績

乳がん過去5年間の診療実績

4、乳がん担当医師

 外科医長 石毛広雪