食道がん

食道癌の治療指針 佐久総合病院・胃腸科部長 小山恒男

1.食道癌の診断

 日本食道学会が定めた食道癌治療ガイドライン2007年4月版1)では食道癌の進行度診断を以下のように記載している。
食道癌は各種画像診断により腫瘍の壁深達度の診断,リンパ節転移の診断,遠隔転移の診断により進行度診断を行う。進行度診断に加え,病巣特性(悪性度)の 把握および全身状態の評価をふまえ,治療方針を患者に提示する。診断根拠,診断過程などを患者に説明し,理解と同意を得て,治療方針を決定する。

1-1.存在診断

また、食道癌の発見として、有症状の場合、内視鏡検査ないし食道造影検査のいずれかを行う.
表在癌では愁訴のないことが多いため、内視鏡検査を行って発見に留意する。

1-2・深達度診断

 色素内視鏡検査を含む内視鏡検査,食道造影検査,CT,EUS,MRI検査などにより壁深達度診断を行う。
隣接臓器への浸潤の診断にはCT,EUS検査を行う。必要に応じてMRI検査を追加する。
気管および気管支浸潤が疑われる場合,気管支内視鏡検査を行う。

1-3.遠隔転移、リンパ節転移の診断

・問診および視・触診
・超音波検査(頸部および腹部)
・CT,MRI検査
・超音波内視鏡
・FDG-PET 検査
・骨シンチグラフィー

1-4.全身状態の評価

 食道癌根治術,特に開胸開腹を伴う手術は消化器癌手術の中でも最も侵襲の大きな術式である。近年の外科手術手技,麻酔手技,術後管理などの進歩によ り,食道癌根治術の安全性は高まってきたが,現在においても術後合併症発症率や,在院死亡率,手術関連死亡率は,他疾患と比較して依然高率である。

 また, 食道癌の好発年齢は65~70歳の高齢者層であり,これらの年齢層が各種の生活習慣病(高血圧,糖尿病,高脂血症など)を有している頻度が高いことに留意 する必要がある。したがって,根治手術の適応は,各種重要臓器機能を評価して慎重に決定することが望ましい。また,化学療法・放射線療法あるいは化学放射 線療法の施行に際しても重要臓器機能が一定の基準を満たしていることが望ましい。

 そこで,以下に,全身状態・重要臓器機能を評価するために必要な主な諸検査と個々の検査における判断の目安を記載するが,全身状態に基づく治療適応の決定 はあくまで総合的に評価されるべきものであり,厳密な数値基準を設けることは容易ではない。

1. Performance status.
2. 肺機能検査
3. 心機能検査
4. 肝機能検査
5 .腎機能検査
6. 耐糖能検査

2.食道癌の治療

 同ガイドラインでは食道癌の治療として以下の項目があり、治療法選択のアルゴリズムとして表1が掲載されている。

表1.食道癌治療のアルゴリズム(食道癌治療ガイドライン2007年月版より)

食道癌治療のアルゴリズム

2-1.食道癌内視鏡治療

適応

 同ガイドラインでは内視鏡的治療の適応を「内視鏡的切除の適応:壁深達度が粘膜層(T1a)のうち,EP,LPM病変では,リンパ節転移は極めて稀であ り,これにより十分に根治性が得られる。粘膜切除が全周に及ぶ場合,粘膜切除後の瘢痕狭窄の発生が予測されるため周在性2/3以下の病変を適応とする」と 規定している。
また、その相対適応として「壁深達度が粘膜筋板に達したもの,粘膜下層に浸潤するもの(200µmまで)ではリンパ節転移の可能性を認めるが,臨床的にリ ンパ節転移がない症例では粘膜切除が可能であり,相対的適応となる。また粘膜切除が全周性になる病変でも相対的適応となる」と規定している。一方、「粘膜 下層(T1b)に深く入ったもの(200µm以上)では50%程度の転移率があり,表在癌であっても進行癌(固有筋層以深へ浸潤した癌)に準じて治療を行 う」と記載されている。
また、その他の内視鏡的治療法として光線力学的治療(PDT),アルゴンプラズマ凝固療法(APC)が挙げられ、その適応として「EMRの辺縁遺残病変 や,放射線療法や化学放射線療法の遺残あるいは再発病変などによる粘膜挙上困難例,出血傾向のある症例などの内視鏡的切除不能症例に対する治療」を挙げて いる。
しかし、「切除組織標本による診断:各種壁深達度診断には限界があり,さらに広範囲な病変では壁深達度の正確な診断は困難である。そのため切除組織標本に よる診断が不可欠である」とし、「切除標本の組織的診断において一括切除が望ましい。従来分割切除されていた病変もESDにより,一括切除が可能になり, 今後の機器の開発,技術の普及が期待される」と一括切除の優位性を認めている。

食道癌内視鏡的切除術の実際

A. EMR (Endoscopic Mucosal Resection)
食道EMR手技には幕内らのEEMR-tube法2)、井上らのEMRC法3)、門馬らのtwo channel scope法4)が ある。いずれも平坦な病変を吸引や把持鉗子を用いてpolyp状に変形させスネアリングする方法でpolypectomyの延長上の手技であった。いずれ も簡便な手技であるが、正確な切除ができない、切除標本が挫滅する、一回の切除面積が狭いという弱点があった。したがって、当院では全ての内視鏡切除を以 下に述べるESDで施行している。

B. 内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic Submucosal Dissection: ESD)5-9)
ESDとは内視鏡下に病変周囲の粘膜を切開し、粘膜下層を直接剥離する事で、病変を切除する内視鏡手術法である。癌の形や大きさにかかわらず一括切除が可 能な優れた治療手技だが、食道は屈曲蛇行し、心拍動や呼吸性変動にて常に動いているため、高度の内視鏡技術を要する。食道ESDは胃腸科の小山部長が開発 し、2000年に世界に先がけて報告した手技であり、2008年4月には保険収載された。
食道固有筋層は胃よりも薄く、また拍動にて常に動いているため粘膜下局注により粘膜と固有筋層間に十分な空間を確保する必要がある。このためには生理食 塩水より粘調度が高い10%グリセロールの使用が望まれる。また、出血を予防するために局注液には5μg/ml程度のエピネフリンを混入する。
食道ESDの代表的な偶発症は、穿孔、縦隔気腫、皮下気腫、誤嚥性肺炎等である。穿孔を来すと縦隔気腫が発生し、縦隔内圧が上昇するため食道内腔が押し つぶされ視野確保が困難となる。また、高度の縦隔気腫を来すと気胸を併発しショックになる事があるため、ESD時には心電図モニター、動脈血酸素飽和度モ ニター、自動血圧計による血圧モニターに加え、触診にて定期的に皮下気腫の有無を観察する必要がある。
当院では年間に70-90件の食道ESDを施行しているが、食道ESDは技術的に難しいため、過半数は県外からの紹介患者である。

2-2.食道癌の外科治療

 外科の項目を参照。

2-3.食道癌の化学療法、放射線療法  佐久総合病院・腫瘍内科部長 宮田佳典

I.食道癌で化学療法または化学放射線療法の対象となる進行度と治療法の概容を示す。

各治療の詳細については日本食道学会が定めた「食道癌診断・治療ガイドライン」を参照すること。

II.CRTの対象となる進行度

 A.T1bN0M0
(1) CRT
(2) ESD+CRT (JCOG0508)
B.T2/3N0/1M0
(1) 化学療法+手術
(2) CRT±手術
C.T4N0/1M0
(1) CRT±手術
D.AnyTNM1a
(1) CRT
E.AnyTNM1b
(1) 化学療法
(2) 緩和ケア

III.放射線療法

 A.照射野と照射量
(1) Stage II – IVaではJCOG9906に従う
(2) Stage IではJCOG0508に従う
(3) ESD後補助的照射ではboost照射なし

IV.化学療法

 A.一次治療は5FU+CDDPを原則とする。
(1) 投与量
(a) Stage I:5FU 700mg/m2x4d, CDDP 70mg/m2 4週毎
(b) Stage II以上:5FU 1000mg/m2x4d, CDDP 75mg/m2 4週毎

V.入院の適応

 A.ESD目的
B.CRT(または手術)目的の場合は治療前検査を含む
C.食事摂取が困難
D.外来では対応不可能な症状

1)日本食道学会編、食道癌診断・治療ガイドライン2007年4月版、金原出版、2007.
2)幕内博康、他.早期食道癌に対するEMR.胃と腸; 28 : 153-159. 1993
3)井上晴洋、他.早期食道癌に対する内視鏡的粘膜切除の実際, 胃と腸 28; 161-169, 1993.
4)門馬久美子、他.早期食道癌に対するEMR、胃と腸; 28: 141-151. 1993
5)小山恒男:食道癌に対するEMRの選択法.消化器内視鏡,12:718-719,2000
6)Oyama T. and Kikuchi, Y.; Aggressive endoscopic mucosal resection in the upper GI tract – Hook knife EMR method. Min Invas Ther Allied Technol. 11; 291-295, 2002
7)小山恒男、Endoscopic Surgery 切開・剥離EMR Hookナイフを中心に、日本メディカルセンター、2003.
8)Tsuneo OYAMA, Akihisa TOMORI, Kinichi HOTTA, et, al.Endoscopic Submucosal Dissection on Early Esophageal cancer.
Clinical Gastroenterology and Hepatology, S67-70, 2005