心臓血管外科

特色

 心臓血管外科では成人の心臓疾患、大血管の疾患、下肢を中心とした末梢動脈疾患の外科治療、血管内治療、下肢静脈瘤の外科治療を行っています。心臓、大動脈の疾患では、心臓移植治療、植込型人工心臓治療以外のほとんどの治療を院内にて施行することが可能です。
 当院は長野県東信地区で唯一の心臓血管外科施設で、東信地区のほとんどの基幹病院と連携し、術前検査、術後治療等はお住まいの地域において可能な体制をとっています。

 成人の心臓外科対象疾患(弁膜症、虚血性心疾患、先天性心疾患、不整脈など)、大動脈の疾患、末梢動脈疾患、下肢静脈瘤に対して治療を行っています。平成22年は冠動脈バイパス術をはじめとした虚血性心疾患の手術53例、弁膜症手術54例などを含めて心臓外科手術115例、胸部大動脈瘤46例、腹部大動脈瘤29例、末梢動脈疾患48例、下肢静脈瘤23例、腹部大動脈瘤ステントグラフト23例、胸部大動脈瘤ステントグラフト6例を行いました。緊急手術の必要な症例に対しても、麻酔科、手術室、臨床工学科、薬剤部、ICUなどの協力の下、極力対応できるよう、チームとして取り組んでいます。
 手術に必要な術前検査は外来において術前検査センタースタッフがきめ細かく説明、管理を行っています。入院中の診療、ケアは標準化、質の向上をめざしたクリニカルパスの下に行っています。また、信州上田医療センター、小諸厚生総合病院、依田窪病院、浅間病院など東信地域の基幹病院からご紹介いただく場合には、連携パスを使用し、必要な検査等は紹介元病院で行っていただく体制をとり、遠方の患者さんに何回も当院に通院していただく必要はありません。
 術後の心臓リハビリテーションは運動強度決定のための心肺運動負荷試験装置を昨年購入し、院内おいてはエルゴメーターを使用した運動療法を、また退院後は黒沢病院、軽井沢リハビリテーションクリニック、アクネスと提携し、通所型の運動療法も行っています。現在、スタッフは4名、後期研修医1名の5名体制です。火曜日には定期的に前東邦大学心臓血管外科講師の岡田先生に手術等のお手伝いをお願いしています。

診療内容

●弁膜症

 1.大動脈弁疾患

 大動脈二尖弁に伴う大動脈弁狭窄症と高齢に伴う大動脈弁狭窄症に対する人工弁置換術症例は世界的に増加しており、当院も同様の傾向にあります。
 基本的に人工弁置換術が適応となりますが、機械弁を使用するか生体弁を使用するかは、十分説明を行った後、患者様に選択していただくことを基本的な方針としています。
 手術は基本的に胸骨正中切開にて行っていますが、患者様の希望および、我々の判断にて可能と判断した場合、胸骨の部分切開等によるMICS(Minimal Invasive Cardiac Surgery:低侵襲心臓手術)も行っています。
 大動脈が心臓に付着している部位で高度に拡張する大動脈弁輪拡張症などでは、ご自分の大動脈弁をそのまま使用し大動脈だけを人工血管に置換、冠動脈を再移植する自己弁温存大動脈基部置換術も行っています。
 また、当科の特色として亡くなられた方から提供していただき凍結保存したヒト大動脈弁(ホモグラフト)の使用が可能です。大動脈弁やその周囲が細菌で破壊された感染性心内膜炎などでは、ホモグラフトは大変よい治療法であることがすでに証明されています。また、若い型の大動脈弁疾患ではご自分の肺動脈を大動脈に移植し、肺動脈のホモグラフトを移植のため切離した肺動脈部位に移植するROSS手術も施行可能です。特に将来的に妊娠・分娩が必要になる若い女性において、手術の難易度はやや高くなりますが、術後ワーファリンの内服の必要がなく、また、比較的長期間、再手術の必要がないと予測されるため、良い治療法であると考えています。当院では、実際、ROSS手術後の妊娠・分娩の経験があります。

 

2.僧帽弁手術

 僧帽弁においてもかつてのリウマチ性弁膜症はかなり少なく、ほとんどは弁がなんらかの理由により弱くなった変性性僧帽弁閉鎖不全症が外科治療の対象となっています。この疾患では、そのほとんどが自分の弁を修復する僧帽弁形成術が可能です。手術手技はいくつかありますが、弁の壊れた部位を切除して再縫合する方法や、切れたり長くなってしまった腱策(僧帽弁を支えている糸)を人工の糸で再建する人工腱策再建術などを用いて手術を行っています。
 また、従来、胸の真ん中を縦方向に大きくきり胸骨正中切開を行っていましたが、昨年より右第4肋間に6cm程度の皮膚切開にて手術を行うMICS手術を開始しています。胸骨切開を行わないため、術後の上肢の運動制限等なく、また、早期社会復帰が可能です。また、女性では乳房下縁での切開が可能であり、美容的にも優れた方法です。
また、弁膜症では心房細動を術前より合併する場合も多くあります。心房細動は心房内に血栓ができ、その血栓が、心臓から他の臓器に血流にのってその臓器の血管をふさいでしまうことにより塞栓症を生ずる危険の高い病気です。その結果、脳梗塞などの重大な合併症を生じ、後遺症を残す危険もかなりあります。心房細動に対する外科治療として、メイズ手術があります。全ての心房細動を治すことはできませんが、術前の左心房の大きさなどにより、ある程度、成功する可能性を予測することが可能です。また、弁膜症手術と同時にこの手術を行うことは、手術時間や心臓を停止させる時間が30分程度延長しますが、危険性が大きく変わることはありません。当科では、術前の判断にて効果が望めると判断される場合には、ほとんどの患者さんでメイズ手術を行っています。
 

 

●虚血性心疾患

 狭心症や心筋梗塞の外科治療法である冠動脈バイパス術では、人工心肺を使用せず心拍動のまま手術を行う心拍動下冠動脈バイパス術を基本的手術法とし、90%以上の方にこの方法を用いています。また、バイパスの長時間の開存を目的として動脈グラフトを積極的に多用し、左右の内胸動脈、胃大綱動脈等を使用しています。しかし、太い右冠動脈や左回旋枝等では大伏在静脈を使用する場合も多くあります。大伏在静脈を使用する患者様においては、皮膚切開が3cm程度ですむ内視鏡を使用した大伏在静脈の採取を行っています。長野県内では当施設だけ行っている方法ですが、大腿部の傷は極めて小さく、術後の創離開等もなく患者様には好評です。
 虚血性心疾患に合併した重症心不全に対する治療も当科の重要なテーマであり、症例は多くはありませんが、虚血性心筋症、虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する左室縮小形成術、僧帽弁形成術等を積極的に行っており、その成績も良好です。
 

●大動脈疾患

 緊急手術を要する急性大動脈解離、大動脈瘤破裂に対しては、麻酔科、手術室スタッフ、臨床工学技士らの協力の下に24時間、緊急手術が可能な体制をとっています。また、平成20年より他院からの緊急症例の受け入れをスムーズに行うため、緊急手術用の連携パスを作成、使用しています。急性大動脈解離の手術のほとんどでは超低体温循環停止、脳分離循環という特殊な体外循環を使用する必要がありますが、スタッフもその方法に精通し、手術成績も全国レベル以上にあるものと考えています。
 また、2009年より大動脈疾患の低侵襲治療として、ステントグラフト治療を開始し、動脈硬化性の大動脈瘤はそのほとんどがステントグラフトで治療が可能になりました。ステントグラフトは開腹や開胸をせずに大腿動脈等からカテーテルを挿入し、血管内治療により大動脈瘤を治療する方法です。入院期間は8日間ですが、術翌日よりほぼ通常の行動、生活が可能であり、患者様には大変やさしい治療法です。

 

●補助人工心臓治療

 通常の治療において回復の望めない末期重症心不全に対して、心臓移植と補助人工心臓治療は最後の残された治療方法です。従来、長野県内においては施行施設がなく、東京や大阪まで患者さんを搬送するか、あきらめなくてはならない状態でしたが、昨年より体外設置型の補助人工心臓治療を当院において開始しました。当院では十分な経験がないため、東京大学心臓外科・重症心不全治療講座にご指導いただき、心臓外科医だけでなく、循環器科、リハビリテーション科、精神科、看護部、臨床工学科、臨床心理士などでチームを形成し治療を行っています。本年中には本年より使用が可能となった植え込み型補助人工心臓の実施施設の認定をとり、この新しい治療に対する体制の整備を行っていく予定です。

 

●末梢動脈疾患

  最近、いろいろな分野でこの領域の重要性は指摘されています。当院でも、形成外科、循環器科、腎臓内科等と協力し、カテーテル治療、外科的バイパス術などを行っています。残念ながら、重症な状態となってから当院に来院される方が多く、全ての方の下肢を救済することはできないのが現状ですが、今後、当地域でこの分野の医療水準を向上させるべく、取り組んでいきたいと考えています。
 

●下肢静脈瘤

  毎週水曜午後「下肢静脈瘤外来」(予約制)を開設しております。現在は村松宏一医師が担当しており、ストリッピングを中心とした治療を行っています。